ラ・ママ上演二十五周年と

「ワヤン・ジャワ、語り集成ーマハーバーラタ編ー」

                                         中辻正



 一九八五年から始まった渋谷のライブハウス、ラ・ママにおける日本ワヤン協会の公演が二十五年目を迎えた。今やラ・ママ公演はワヤン協会の活動の中でも、最も長期間コンスタントに続く活動となった。毎年徹夜での公演だが、毎回それなりに安定した観客動員も得て、途切れる事無く続いている。ひとえに足を運んでくださるお客樣方ならびにラ・ママのご厚意によるものである。日本ワヤン協会の一員として深く感謝申し上げる。
 私も第一回から参加させて頂いており、もう二十五年もたつのか、と感慨しきりである。 新作上演を除けば、我々の上演は現地ダランのテープに合わせて、人形を操演する、いわゆる当てぶりによるものであるから、一種のレプリカ上演ということになるだろう。あくまで上演の目的は、松本亮氏によって日本語訳されたダランの語りを聞いて頂くことにある。とはいえ、観客の方々にスムーズに語りに浸って頂く助けとして、人形の動きにもそれらしさがなくてはならない。私自身が人形操作に手を染めたのは、八十五年、長年ワヤン協会の上演活動で人形操作をされてきた、M.ムスタム氏が、ワヤン協会の有志数名にレクチャーをしてくださることになり、参加させて頂いたのが始まりだった。その後、松本氏の盟友チュ・ストヨ氏、また現地ジャワでは卓抜のダラン、キ・パヌトダルモコ氏に教えをこうことができた。さまざまな技術を教えていただいたが、師匠たちみなが一様に口にされたのは、大切なのは、操作の技術ではない。ワヤンは、ただの人形ではなく、我々の先祖の霊であり、ダラン(もしくは人形操作をする者)はそれらの人物たちを人形という「物」として扱うのではなく、活きている「人」として、敬意をもって接するのである、ということだった。
 例えば、数人の人物が、対話をしている場面で、ダランは話をしている人物(操作している人形)を見るのではなく、話しかけられている人物を見つめる。それは、今まさにダランを通してその人物が相手に話かけているからであり、ダランはその時、話をしている人物そのものとなっているからである。
 また、人物がクリル内を移動するに際しても、その動きは各人物それぞれにふさわしいものでなければならない。高貴な人物ならすり足で、野卑なラクササの類いであれば、荒々しく大地を踏みしめて。それは演劇的なリアリティの追求とは趣きがことなり、その人形にその人物の魂が降りて宿っている故、自ずからそうなるのである、と。
 キ・パヌトダルモコ氏はおっしゃった。ワヤンが上演される時、それらの魂がクリルに降り立ち、クリルの中に彼らの生き様が営まれる。さまざまな魂たち自らがダランを通じて、喜び、悲しみ、深遠な哲学を語る。それ故ワヤンはその上演に台本を持たないのである、と。
 そのダランの語りの集大成ともいえる松本亮氏の新刊「ワヤン・ジャワ、語り集成ーマハーバーラタ編ー」がこの度刊行の運びとなった。マハーバーラタ演目群から二十七演目、他に番外として五演目が収録されている。ここには人形の動きも、ガムランの音色も、シンデンの歌声もない。けれど、松本氏の手により、流麗な日本語に訳され、改めて活字化されたダランの語りを読み込むと、活き活きとした祖霊たちの魂の躍動に圧倒される。登場人物たちのせりふはもとより、ダランの地語りもまた、一個の偉大なる魂が降下し、深淵なる言葉を発しているのだと感じられる。ワヤンの本質がダランの語り、すなわち祖霊たちの顕現にこそあることを思い知るのだ。

ゴロゴロ通信60
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