ラ・ママ初出演と、マンクヌゴロ王宮公演    

                                    中村深樹



 「人間、苦しくても、やらねばならないときがあるんですよ」。満面の笑みを浮かべる松本亮さんを見たのは、いつのことだったのか。気がつけば、ラ・ママ公演本番は、あっという間におとずれていた。
 話には聞いていたものの、目の前に広がるクリルは、練習用のそれに比べ、ずいぶん幅広く、高さもある。気にも留めていなかった空間が、ごまかしようのないステージへと変貌している。リハーサル時間は、まったくなし。わ、どうしよう。......さぞかし焦ると思いきや、幸か不幸か、開場直前になって舞台道具が不足していることがわかり、もっと具体的に慌てているわたしがいるのが、妙におかしい。
 ともあれ無事に開幕し、やがて夜もふけていく。周囲には、緊張するダランあり、あるいはイケイケ状態のダランあり。
 「カインは歩くとき右手を添えられるように、左前にして着るものよ」「いや、ダランは右前にする人もいる。激しく動いたときに、裾が乱れてしまうからね」「初めてのときは、下になにかスパッツのようなもの、はいていたほうがいいかもよ」。ポン、ポンとお腹をはたきながら(そうすることで弛みがとれる)、眼の前でクルクルと帯を巻き上げていく人。いままで観客として来ていたラ・ママの、まったく違う楽屋風景に、興をそそられる。
 さあ、本番だ。

 ラ.ママが終わったと思うと、次はすぐマンクヌゴロ王宮公演である。こちらはメインは松本さんで、わたしは奥様とご一緒し、いくつかお手伝いするのみである。外の陽射しは夏そのものだが、会場のプラン・ウダナンに入ると、むしろひんやりと感じられる。昼過ぎからバナナの幹がしつらえられ、美しいワヤン人形たちが、両端に立てられていく。キ・バンバン・スワルノからお借りした幕は、ラ・ママの比ではなく大きく、みずみずしいバナナのグドゥボックは、人形の刺し心地もまるで違う。三時過ぎから、通し稽古。音響や照明のチェックはもとより、現地の踊り手や音楽家を交えての、最初で最後のリハーサルが行われる。「ねぇ、踊り子さん、背が低くて上半身しかクリルに映らないから、もう少し下がって踊れないかしら」「いい箱がある。あなた、この上で踊れますか」「この場面は、ピンクのフィルムは、なしにしましょう」「ここで『浜辺のうた』を歌ってもいいですか?」「ここでゆーっくり色のついていない船を、後ろに通そうと思うんですよ。さて、うまくいきますやら」「シャボン玉、このくらい上がればいいですか?」。
 飛び入りで、国営テレビのインタビューが入る。松本さんは、丁寧に応対されている。本番直前のこの時間、実のところ、ゆっくり心落ち着けて過ごしたいのではなかろうか。収録はなかなか終わらない。いつの間にやら日も暮れてきた。
 午後八時。ブレンチョンに灯りがともる。冒頭に歌われる『浜辺のうた』が、ひたすらに美しい。
 そして歌がやみ、二秒、三秒......。
目の前には、作務衣姿の松本さんが坐っている。その背中に、ここマンクヌゴロ王宮でワヤンをやることの重さが、感じられる。いくつもの目が、見守っている。しずかに胸が高鳴ってゆく。
 チリ……チリチリチリチリ……。松本さんの手が小刻みに、開始のハンドベルをふった。


マンクヌゴロ王宮プランウダナンの間での影絵詩劇上演
「まぼろしの城をめざす」=7月25日(水)
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(ルトフィヤ/ソロポス紙、2007/07/27)
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