ソロ・プランウダナンの一夜

                                    宮代厚子



 三年続けてジャワで松本ワヤンを観ることができた。私にとってそれは幸せな時間だった。どの年も素晴らしく、思い出深いワヤンではあるが、年を経るごとにその完成度は増してくるようであった。
 会場となったのは昨年と同じ、ソロのマンクヌゴロ王宮のプランウダナンである。ここは王宮の一角のひっそりとした空間で、この場所が芸事に向いていると言われるのは、きっと聖なる気が強い場所なのだと思う。だからここでワヤンを観ていると、没頭して作品世界へ入っていくような心地がしてくるのである。
 松本さんが「ワヤンは場所を選ぶのですよ」とおっしゃったのはこのことで、ワヤンは本来魔除けの意味合いの強いものだからであろう。
 今年の演目「まぼろしの城をめざす」は何度か観ているが、やはりいろいろ新しい試みをしている。今年は冒頭に歌が入った。歌うのはジャワで人気のプシンデン狩野裕美さんである。彼女の高く澄んだ美しい声で「浜辺の歌」が歌われる。ジャワの人たちには日本語の歌詞は解らないだろうが、郷愁を誘う叙情歌の雰囲気は伝わったと思う。また所々でハミングするのもとてもワヤンに合っていて、初めて合わせたとは思えないほどだった。彼女が連れてきたガムラン三人も良い味をだしていた。とくにスリンの嫋々とした調べは心地良かった。
 また一番ワヤン・ジュパンらしいのは、ベロカンの登場シーンだろう。ムスタムさんが中国獅子の面、塩野さんが天狗の面、加藤さんがお多福の面をつけて手取り足取り踊り、いかにも日本のお祭りの楽しさが感じられ、あちらこちらから投げ銭も飛び交い大いに盛り上がり祝祭気分を味わえた。
 楽しさを随所にちりばめながらも、この作品の骨子というべきは、戦争を繰り返す人間の愚かさを、お化けの人形の口を借りて痛烈に批判していることである。ユニークな人形のおかげできつくは感じられないが、松本さんの作品の中では一番強く反戦の姿勢が現れていると思う。
 今回特に良かったのは、若い踊り子のシルエットで、二灯の照明のおかげで体の線が薄い曲線と濃い曲線の連続のように踊りとともに移行していく様がとても美しかった。また体の線が消えて両手だけが濃く見える等、不思議な影も浮き上がってきた。その立ち姿はまるでヒンディの女神のような気がしてくるのである。この踊り子はジャワの女性の理想とされるデウィ・ウィドワティの化身と思われる。この夜の照明は会心の出来だったらしく、照明を担当した大和田さんも「我ながら良くできた」と終わってから自画自賛していた。
 昨年の観客は招待した有名なダランや芸大の学生たち、マスコミの関係者等が多かったが、今年はガムランの人たちが近所のワルンやレストランにチラシを配って宣伝したおかげで家族連れも多数来てくれた。小さな子供が珍しい人形が出るたびにチョコチョコと表をのぞきにいく姿もほほえましかった。
 今年は松本さんがワヤンを初めて四十年になるという。その記念にジョクジャカルタで「まぼろしの城をめざす」のTシャツを作られ、日本から参加した人たち全員に下さった。「四十年続けられたのは、支えてくれる人たちがいたからです。感謝しています」とおっしゃるので「ご本人の努力の賜物ですよ」と言うと「私は何も努力はしていません。ただ楽しんでいただけです」と静かにほほ笑んでいらっしゃった。
 いつも裏方に徹している松本夫人が珍しく人形操作に加わって初めてとは思えないほどうまく動かしていた。やはり長年ワヤンを観ているので、影の出方を熟知していて遠近法をうまく使いこなしている。「私が手伝うのは最初で最後よ」と言いながら、夫君の四十周年記念にみごと華を添えたのである。


マンクヌゴロ王宮プランウダナンの間での影絵詩劇上演
「まぼろしの城をめざす」=7月25日(水)
そしてソロ、ジョクジャ周辺の風情について……
 小報告(松本亮)
「まぼろしの城をめざす」見物の実況報告(チュ・ストヨ)
ダラン・ジュパンが魅惑を撒布するとき……
(ルトフィヤ/ソロポス紙、2007/07/27)
初ジャワ旅行(吉上智子)
シンデン・ジュパンと日本ワヤン協会のソロ、マンクヌガラン公演(狩野裕美)
ラ・ママ初出演と、マンクヌゴロ王宮公演(中村深樹)






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