初めてのソロでのワヤン上演 

中村 伸

                                      



嫁さんと吉上夫妻、四人でソロの街に着いたのが公演前日の夕方。さて、松本夫妻はどうしているだろうとホテルを訪ねると、レストランで遅い昼食をとっている。コーヒー飲みながら準備の様子を聞いているうちに、音響担当の大和田さんが現れ、和楽器奏者の森重さんと小林さんも現れた。それぞれ別のルートでインドネシア入りしたのに、気配を察してそれなりの時間に集まってくるところが面白い。
 
二〇〇九年、二〇一〇年と続けて、スタッフとして松本ワヤンのジャワ公演に同行してきた。ただし、公演場所はいずれもジョグジャ市内。ソロでの上演に立ち会うのは、今年が初めてだった。ソロのマンクヌゴロ王家は、ぼくにとってはワヤンやジャワ舞踊を見るための場所で、自分たちが演りに行く場所ではない。どんな機材があるのか、どんな感じで準備が進むのか、まったく見当がつかないばかりか、十年前ならともかく、今となっては王家にどんな人がいるのかさえ知らない。
 
本番当日、早めに会場の様子を見に行き、東門の脇にある小さな食堂で昼飯を食べていると、そこに公演関係者が次々に集まってきた。責任者のブ・ガマルや、クリルを組み立てに来たパ・リリックとその子分は、意外にとっつきやすい人たちだった。この日の献立は野菜のぶっかけ飯。仕事前に仲間と一緒にメシを食うというのは、いい。
 
ぼくの役目は踊り用の照明の設計と操作なのだが、機材を運んできたのが男踊りの名手パ・バンバンと貴公子然としたパ・ロイだったのには驚いた。二人はそのまま照明器具の据え付けを手伝ってくれたのだが、道具がいくつか足りず、予定の照明プランが実現できそうもない。こっちが困った顔をしていると、彼らも困った顔をする。松本さんがすんなり折れて、「できる範囲で幻想的に見えるよう工夫してみてください」と結論を出してくれたので、とりあえず一件落着。本番のときに、踊り手の影が二つになり三つになるのを見たパ・ロイは、すっとんで来て「面白かった!」と握手を求めてきた。たぶん、道具が足りないことをずっと気に病んでいたのだろう。いい男だ。
 
ひとつ気になっていたのは、本番中の客席が暗かったこと。クリルに写る影をよく見てもらうために客席側の明かりを全部消してもらったのだが、あれほど暗くなるとは思わなかった。そもそもジャワのワヤンは幕に映る影を見せるわけではないので、上演中の客席を暗くする必要がない。観客同士が顔を見合わせながら時間を過ごせるから、ワヤンはどこか気楽なのだ。ジョグジャでの上演のときは、たいてい街中に舞台があったので、どこからともなく明かりが差し込んできたが、この会場にはよそから光が入ってくることはない。あの暗さは演出でもなんでもない、ただのなりゆきだ。それを、特別な公演だと感じて、ふだんよりもシリアスな雰囲気でワヤンを楽しんでくれたのなら嬉しいのだが……。
 
告知らしい告知をしていないにもかかわらず、会場には百人以上の人が集まり、終演まで席を立たずに残ってくれた。王家で働いている人たちの家族や、ジャワ舞踊やガムランを勉強しに来ている海外からの留学生たちの姿もあった。きっと、松本さんを寂しがらせたくないという思いで、地元の関係者が知人や友人に声をかけ、誘ってきてくれたのだろう。皆さん、本当にありがとうございました。

ダラン・ジュパン、ガドガド風味のワヤンを上演する
(ジョグロスマル紙=ソロ市で売り出し中の日刊紙=2011・07・06、リナ・スティアニングルム)
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