ジャワ再訪

吉上恭太

                                      



 ジョグジャの空港からタクシーに乗る。週末のせいか道が混んでいて、2時間ほどでソロの町に入る。町の中を走っていくと、見覚えのあるクスマ・サヒド・ホテルが見えてきた。思わず「懐かしい!」とつぶやいた。ソロの町の風景を見ているとなぜか郷愁を覚える。ぼくは、いつもワヤンのクリルに映し出される影たちを見たときに、とても懐かしい気分になるのだが、それと似ている。
 ジャワは乾季だそうで、ソロやジョグジャの町は、東京の蒸し暑さに比べれば大分ましなのだが、それでも、いやおうなく照りつける強い日差しの中を歩いていると、頭がフラフラとしてくる。とくにジョグジャの繁華街、マリオボロ通りを歩いていると、売り子の声、ベチャの人たちの客引きの声、歩きにくいほどの雑踏、屋台からただよう香辛料の匂いのせいかボーッと気が遠くなってくる。このちょっと酔っぱらうような感覚は、いままで行ったことのあるヨーロッパやアメリカの町では体験したことがない。歩いているうちに、自分が生きているのか、死んでいるのか、どうでもいいような気分。とても不思議な気持ちになってきた。そういえばワヤンを見たときに、同じような感覚になったことがある。ひさびさに地震や放射能による緊張から解放されて、精神がゆるんだせいかもしれないが……。
 今回の旅は、日本ワヤン協会の中村伸、深樹夫妻にご一緒させてもらった。インドネシア語が堪能でジャワに詳しいお二人のおかげで、いわゆる観光とはひと味違う旅を満喫した。ジョグジャの町の路地を軽やかに歩くことが出来たのがうれしかった。路地には、それぞれの表情があり、発見があった。川沿いの町に住む人たちにも会うことができた。ムラビ火山の噴火によって被害を受けても、前向きに笑顔を見せている人たちを見ると、こちらも元気になってくる。いうなれば「ジョグジャ、横丁の旅」だ。前回、人がやたら多い、ごちゃごちゃした町という印象だったジョグジャがとても楽しい町に思える。今回の旅行の収穫は、ワヤンを見るだけでなく、ワヤンを楽しむジャワの人々をより身近に感じられたことだと思う。公演のあと、松本亮さんに「ワヤン以外にこの旅で印象に残ったのは何ですか?」と尋ねられ、ぼくも相棒の智子も迷わず「川ですね」と答えた。松本さんの困惑した顔が面白かった。
 ソロのマンクヌゴロ宮殿で行われた日本ワヤン協会の「野獣、恋のバラード」は大盛況だった。当日の準備には、照明のことなど、いろいろバタバタしているようだったが、臨機応変に演出を変更し、本番前にはきちんと仕上げてしまうのは、さすがだった。抜群のチームワーク。とくに宣伝もしていないということで、どれだけの人が集まるか不安だったが、開演の数分前には70人ほどの人が集まっていた。そして会場の照明が落ちて、暗くなったころに見回すと、いつのまにか庭にもたくさんの人が並んび、おそらく100人近いお客さんが来ていたのではないかと思う。「野獣、恋のバラード」はフランスの寓話「美女と野獣」をモチーフにしていて、ジャワの人にもおなじみとのこと。狩野裕美さんの歌が始まると、観客はすぐに物語の世界に入っていた。ジャワの人にとっては、クリルに映る影を見る、ガムラン音楽ではなく、日本の童謡や和楽器とガムラン楽器から生まれる無国籍な音楽、そして、見慣れないオリジナルのワヤン人形など、いつもと違うワヤンに、だれもが興味津々で熱心に見入っていた。会場にそよぐ自然の風が心地よかったし、大理石の床に影が映り込み、より幻想的な効果があげていて、とくに踊りのシーンは独特のエロチックな雰囲気が漂っていて、ぼくもすっかり心を奪われた。
 日本での公演よりも観客は熱心だったようだし、4年前の公演のときよりも会場の反応もよかったように感じる。それだけワヤン・ジュパンが定着したからかもしれない。それは公演が終わってからも、ジャワの人々が帰ろうとせず、ダラン松本亮さんの挨拶を待っていたことからもわかる。言葉のわからないぼくには、はっきりとはわからないが、ジャワの人たちがワヤン・ジュパン、マツモト・リョウのワヤンを楽しみにしていることが確かに伝わってきた。                 

(文筆家)

ダラン・ジュパン、ガドガド風味のワヤンを上演する
(ジョグロスマル紙=ソロ市で売り出し中の日刊紙=2011・07・06、リナ・スティアニングルム)
マンクヌゴロ王宮で「ラクササと美少女」を見る チュ・ストヨ
種の力  芹澤 薫
ジャワ再訪  吉上恭太
初めてのソロでのワヤン上演 中村 伸

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