マンクヌゴロ王宮で「ラクササと美少女」を見る 

チュ・ストヨ

                                      



 日本のワヤン・クリ「ラクササと美少女=野獣、恋のバラード」を見る会が、ソロのマンクヌゴロ王宮プランウダナンの間で開催された。
 だがそのクリル(白い幕)は、今日ジャワのワヤンで使用される一般的な、左右に長く大きく拡がった幕を想像してはいけない。そうではなくて、そこにあったのは標準サイズの昔ながらの一枚のクリル、一個のブレンチョン(電球)がダランの頭上にあり、ダランの後方にややはなれて、二、三個のスポットライトがあるのみ。(註=ダランはクリルを挟んで客席と相対している。お客はクリルに映る影をみるのである。バリやマレーシアのワヤン、インドでもお客は影を見る。ジャワでは影の側はあまり見ないのだが、ジャワで影だけから見るこの形は1980年ごろ以降見られる創作ワヤン、ソロのワヤン・サンドサやジョクジャのワヤン・ウクルなどと同じである)
 そして一人のダラン、キ・マツモトがクリルに向かって正座している。フルネームはキ・マツモト・リョウ、彼はその夜濃い緑の上衣をつけ、通常のクラシックなバティクのブランコン(冠り物)とは一寸変わった頭巾、腰衣に身を固めている。その出で立ちは威厳にみちて見えたのである。
 その夜、去る2011年7月4日の月曜、日本ワヤン協会のキ・マツモトはフランスの物語から採った「ラクササと美少女」を上演した。この演目は本来「ものがたり」だが、キ・マツモトによってワヤンに仕立てられた。そのワヤンたち、とくに緑色のラクササは筆者の子どものころ、これはブト・イジョ(緑色のラクササ、青鬼)といった。今ひとりの美しい娘は日本本来の姿をしていて、すてきな透明人形として創られていた。この二人がこの作品の男女の主人公だった。その娘の象徴的な実演として、キ・マツモトのチームの一人のダンサーによる踊りとなって、それは中東の踊りのようであった。

 音楽と上演のはこび
 このワヤン・ジュパンの公演の音楽伴奏は、ふつうガムラン楽器から成るジャワのワヤンとは異なり、インドネシアや日本その他の国のさまざまな地域にあるさまざまな楽器とさまざまなメロディーの合体である。インドネシアやアセアンのさまざまな地域の音楽を紹介するためのようでもある。キ・マツモトの作品のため、あらゆる種類の音楽が信頼の厚い一人の音響技術者によって録音されているのだろう。日本ワヤン協会の公演は、とくに訓練されたジャワの踊り手による踊りのための音楽も含めて、その音楽、舞踊、そして照明のすべてが、サン・ダランによって正確に秩序立てられているのだ。彼は、その芸術をきめ細かくなめらかに支配しているのである。

 マツモト・リョウとは何者なのか
 マツモト・リョウは、ダランで演出も振付もやる。私が彼に出会ったのは、1970年である。以来、彼はジャワのワヤンを愛している。プランバナン寺院のあたりではじめてワヤンを見たという。そして彼はその物語の内容を知りたくて、とりあえずはガイドを伴い(はじめころのガイドの一人はかくいう若い日の私であった)、そしてしだいに多くのワヤンに深入りする。ジャワ全土、ジョクジャはもちろん、東部ジャワ、バリ、またマレーシア、タイ、カンボジア、さらにインドなどの地域へ向かった。ワヤン見物また研究のため、キ・マツモト夫妻はほぼ一年、ソロに住んだこともある。個人的に多くのダランとも知り合いになった。たとえば、キ・ナルトサブド、キ・ティムブル・ハディプライトノ、キ・マンタプ・スダルソノ、キ・アノム・スロト、キ・スティノ・ハルドコチャリト、また東部ジャワや神の島バリのダランたちである。
 ワヤン・ジュパンの「ラクササと美少女」上演はスラカルタ(ソロ)の芸大の学生たち男女グループを魅了したようだ。その夜かれらはずっとワヤンに見入っていた。その中の、ラクササと美少女の登場がお気に召した一人が言った、日本ワヤン協会のワヤンはすごく魅力的、このワヤンは若者世代やソロの中学生や高校生たちがワヤン・クリに親しむためのモデルになるでしょう、と。
 さらには学校教師でワヤン愛好家だというスラディヤ夫人は、「インドネシア当局は若い世代に向けて、すでに世界の所有物だとされているワヤンを彼らが真に愛するように、またその若い世代がインドネシアのワヤン・クリの行方を見失わないように、一個の理解のシステムを作るべき時ですよね」と語った。
 なおさらのこと、われわれ多くのワヤン専門家は、ワヤン・クリは当然のこと世の秩序、リーダーシップ、観劇の源だと表明しているのだ。かつて政府はまじめに、われわれの孫たちによって実行されるべきワヤンは何であり、どのようであるべきかを表明し、模範を示したのである。
 そうかも知れないのだ。キ・マツモト・リョウのチームは私たちのため、私たちの世代のための実質的なリフレッシュとアイディアを与えたのである。

       (ガジャマダ大学文化部教官。中部ジャワ、ワヤン・クリ観劇同好会)(RM)

ダラン・ジュパン、ガドガド風味のワヤンを上演する
(ジョグロスマル紙=ソロ市で売り出し中の日刊紙=2011・07・06、リナ・スティアニングルム)
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