彼方からワヤンの神々が瑞穂の国にお出ましになった夢の一夜だった。
天晴れな一座、松本亮の作・演出、畏るべしである。語り、人形操作、踊り、音楽構成と演奏、照明など等、すべての役回り・持ち場が、気高く清澄な詩的精神によって見事に統合された胸のすく舞台だった。
ジャワ影絵芝居の成否は、年季の入った技量やもって生まれた資質よりも、演じる者のこころの在り方、魂の意識にかかっている。
今回の上演チームはみなトゴ(ク)の純粋・無心で一途な思いと祈りを共有しているとみた。
さて嬉しいことに、キ・マツモトはことし夏、ジャワにおけるワヤン・ジュパン上演を三年連続で大成功させている。ワヤン界を代表するダランや、見巧者は、影絵詩劇の見どころを的確に受け止め、新たなインスピレーションを与えられた、また見たいと心からの賛辞を寄せている。
本場での偉業達成を機に、一座の呼吸気合は一段と高い次元に移行しているとの感懐を年ごとに深めている。
スマルなどを演じた内山彰夫の一語一語の言霊を引き出す内面的な語りに瞠目。相良侑美は吹っ切れたかのようで、瑞々しい。ベテラン声優コンビの間で、今、時が満ちた。 松本和枝、西山裕美の二人が人形操作を担い、要所で松本亮が支えに加わる。女流二人は、こころのひだをクリルに映し出す至難の道をひた歩んでいる。
森重行敏、中辻正、小谷竜一、小林賢直の四人が月琴、笙、ニ胡、阮、笛、竹製打楽器などのライブ演奏を担当、情景を盛り上げる。ダランでもある中辻正が、中国の楽器をこなすとは。
多様多彩な音楽を楽しめたのは、音響技術の大和田尚のお陰である。アッと息をのむ場面が忘れ難い照明は、舞台監督降矢政男の采配か。
ワヤンと踊りの融合はワヤン・ジャパンが創り出した功績だが、ジャワで修練を積んだ川島未来の序幕と、終幕の優美な踊りは「海が見たい」とテーマを浮き彫りに。主宰する舞踊グループ「デワンダル」とはジャワ語でヒマラヤ杉、また平和を象徴する木の意味とか。これほどのコラボレーションを目にするとは望外の喜びである。
世阿弥が分けた能の芸の九つの位にたとえるなら、ワヤン・ジュパンは上三位の域に在ること疑いなし。最上位に位置する妙花風、「言葉で説明できない、芸の位を超えた悟得の境地」(大辞林)をうかがう完成度では。
いまやキ・マツモトは世界ワヤン界最高齢の現役ダランである。日本のワヤン愛好家、インドネシアのワヤン人はこぞってパンジャン・ウムルを寿ぎ、願っている。
(ジャーナリスト)
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