東京家政大学博物館・特別企画展
「影と色彩の魅惑ワヤン」を見て

                                     吉本 早苗



 去る10月18日から11月15日まで、実質26日間の会期中イベント(列品解説ギャラリートーク、ワヤン・クリ実演とガムラン演奏)の組まれた日を選んで4回たずねることとなりました。
 この話を耳にしたのは、4月の「八幡山ワヤンの夕べ」でしたか、満を持して待機してきた1,000体もの人形を、初めて総合的、体系的に揃えて展示するというので、絶好の機会に恵まれたと期待しました。
  実際650体余の人形が選ばれて、絵巻芝居のワヤン・ベベルから和製新作のワヤン・ジュパンまで、言い方はおかしいのですが実物の人形図鑑が展開しました。それはまたワヤン文化の地図とか系統樹にもなっていました。つまり日本におけるワヤンの学といえる、予想を越える壮大なものでした。約100坪という展示室にぎっしりと……
 ワヤンにおいて人形は仮のものといわれますが、ここでは音なしのかまえで堂々と存在を主張しています。その彼等と真剣に一対一で向き合います。

 ワヤン・クリにおける鼻のつきでた横顔はデザインの極致で、丸まったまげや衣装と併せて見飽きないものですが、この形がイスラムの宗教的な制約から由来したものという先入観はこの会場でゆらぎました。ワヤン・クリよりは500年も古いというワヤン・ベベルの絵巻きに、先行する狐顔がえがかれていたのです。このスタイルは、丸物のワヤン・トペンやワヤン・ゴレにもあり、系統樹をつなぐ鍵になっています。あらためて生じた問題です。地域差、時代差の細部をみよという展示の真ん中で、全体を見ていたのです。
 また会場中央の小さなパネルに「中国皮影戯の影響がある」とありましたが、これも衝撃です。中国・トルコ系とは、操作棒や影の見せかたで基本的な違いがあり、別系統と思っていました。さて、そうは割り切れないのでしょうか。参考出品の所にその説明がなく、疑問が残りました。ゆらめきや変幻自在の奥ゆきをもつワヤンの陰影を思いあわせたのです。

 40年に及ぶマツモト・コレクションはどのように形成されたのでしょうか。コレクターご本人によれば収集癖はなく「縁あって向こうからやってきてくれた」といううらやましい話で、それこそ物集めのお手本です。かく分類に耐え、上演にも対応できる人形群の集積は、学術と芸術を車の両輪としてその上に乗ったご人徳であろうと思います。それだけに、今は現地にもない貴重品が空路、正に海のシルクロードを渡ってきた東の正倉といえる八幡山に文化財庫を出現させた、と評価したいと思います。
 ギャラリートークにあたっては予定の時間をこえてなお語り尽くせず、各々に想い出がまつわって、あたかも自叙伝を聞くかのようでした。

 人形大事は人形劇人誰しも同じですが、先生の情熱は人一倍、薄い皮の人形が一と月立ったままではよれはしないか、夜は退屈してガラスケースから抜け出るのじゃないかなど、正に親心そのもの。
 倉に寝かせて時間がたてば、文句をいう彼らの声がきこえて、代役、転用ででも出番を与えてやりたくなる、そんな演出を、今までうっかり見すごしていました。おりしも期間中の11月10日、日暮里サニーホールでの公演「海が見たい」にはキ・スカスマンの、その名の通りの透かす人形が登場しました。そう言われれば「まぼろしの城をめざす」にも「水のおんな」にも同じ伝があったことに今更に気付かされました。虫ピンのささった昆虫標本とちがい、この人形たちは生きていて、明日にでも舞台に立てる勢いがあります。いつまでも元気でありますように。

 博物館のしかけたクイズに乗って、アルジュノ探しをしました。クリ、ゴレ、オランの3種の中からみつけること、それによって彼がパンダワ五王子の三男で、ワヤン随一の美丈夫であることをしっかり覚えさせられる。そうだインドネシアの切手の図柄に取り上げられたわけがはたと解ったりして、小学生のようにうれしかった。
 当博物館の学芸員で企画を担当された高橋佐貴子さんのご好意に感謝申し上げます。

夕焼け空の四つ辻でブトロ・コロに食われないよう、一つを知ってさらに広がる疑問の手みやげをふところに、ワヤンの森をあとにしました。

ゴロゴロ通信54
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ワヤン道に終わりなし
  影絵詩劇「海が見たい」評  北村正之
「くらげ」にあこがれて     吉上恭太
「時間持ち」の楽しみ      中辻正

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