一寸見には、このワヤン上演はいつもジャワの地で上演されているものと変わらない。マンクヌゴロ王宮プランウダナンの間のプンドポで、先夜(7/26、水曜)演目「プトリ・ジャディジャディアン(=水のおんな)」で日本からのワヤン上演が催された。あえて目標を持っていたのは日本ワヤン協会である。
日本ワヤン協会のワヤンと、ジャワ社会によく知られたワヤン・プルウォを比較しようとすれば、まさにイエスとノーの間のとまどいに直面させられるだろう。どれほどかの同一性と相違がうすい間隔のかすかさのうちに一体化してしまうのだ。
ある違いの存在について、明白に示す若干のご馳走的要素がある。たとえば物語はより多く日本民話を採用し、ワヤンの様式は細部ではワヤン・プルウォの性格付けのようでなく、伴奏音楽は多少とも現代音楽の様式をそなえ、また上演時間はより短い
のである。
とはいえ、他の側面ではほとんど同一性を否定することはできない。ご馳走のテクニックを見ると、影を見せるのに成功さす最良の舞台としてクリルを使っている。またバナナの幹のグドゥボクのぶたい、シンピンガンと呼ばれる伝統的ワヤンにおける
装置がある。
「違いと同一性のぼやかしに驚かないでください。というのも日本ワヤン協会の誕生はまさにジャワのワヤン・プルウォに触発されたものですから」と、この作品の作者であり、この夜の上演のダランである松本亮は語った。
根は模倣ではない
松本によって示されたものからは、なぜ日本ワヤン協会の上演様式がそのようなのか明らかである。ワヤン・プルウォの精神はあたかも魂となったかのように、その新しいワヤン様式の出現に霊感を与えたのだ。
とはいえその霊感は新しい仕事の形に翻訳されたのだと記される必要がある。その精神を具体化することにおいて、どれほどか指先でつまみとるていのことも、たんなる模倣にとどまることもなかった。
たとえばその視覚的効果を見れば、そこには、しばしばジャワの地で見られる以上の財産となる探求がある。とりわけ、世界の視覚的必要性のための新しいワヤン様式でもって。
もしくはよく見れば、異なる地域の音楽性を存在させることを試みた音楽探検でもって。松本によれば、このことは明らかに新しい独創性を存在させるためになされたのである。
「ワヤン・プルウォが霊感となっているとはいえ、それはわれわれがたんに模倣しているだけを意味するものではない。クレアシ・バル=創作作品を創るためには当然、私たちは模倣が許されるものではない」と、松本は説明する。
たぶんふざけた理由ではないのだ。それについてはその独創性の形を求めるため、松本はジャワの地でほとんど四十年間ワヤンの勉強をつづけたのだ。そして新しい仕事の形を捜して二〇年を必要とし、やがてこれを日本ワヤン協会と名付けた。
まさしく真剣な仕事の探求の一個のプロセスだ。
そしてこの探求はこの夜の上演において、踊りの構成と協同されたとき、いよいよ完全になったのである。
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